『孤独のグルメ』の谷口ジロー感動の短編集『犬を飼うと12の短編』

マンガ感想

マンガ家、谷口ジロー氏をご存じでしょうか。名前で思い浮かばなくても、絵はご存じの方も多いと思われます。それはあの作品の作画を担当されているので。

孤独のグルメ 【新装版】

そう、『孤独のグルメ』の作画を担当されているのが谷口ジロー氏(原作は久住昌之氏)。おそらくネットユーザーによる知名度は、この作品からという人が多いでしょう。
しかし、当然谷口ジロー氏はその他にも数多くの作品を発表しています。といっても、『孤独のグルメ』のようなグルメマンガではなく(むしろ『孤独のグルメ』みたいなものが例外的)、主には自然や動物をテーマとしたもの。しかしそれの多くで緻密な絵で自然や生き物をリアルに描き、興味を引かせます。特に犬をテーマとしたものが多く、人間と犬との触れあいを、時には現代の街中、時には戦時中、時には大自然の中での話が描かれ、どれもが非常に読む側の心に響かせる話を展開しています。

特に代表的なのは、40ページの『犬を飼う』という作品。

 

『犬を飼う』

この作品は1991年に発表されただいぶ昔の作品です。実は私が谷口ジロー氏の作品をはじめて見たのは、『孤独のグルメ』ではなく、学生時代にビックコミックで読んだこれが最初でした。そこでインパクを受けつつもしばらく忘れていたのですが、去年、この谷口ジロー氏の作品がまとめられた本が出版され、約20年ぶりに読んだのですが、同じように感動させられました。

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犬を飼うと12の短編 (ビッグコミックススペシャル) 

この作品は、夫婦(おそらく作者がモデル)と、長年一緒に暮らしてきた愛犬タムタムの物語。タムタム14歳の老犬となり、日々の生活の中でだんだんと衰えを見せてきます。その様子を飼い主の心情を含めて、リアルに描いています。最初のうち、タムタムは衰えを見せながらも、歩こうとしていましたが、それでも衰えはやって来て、次第に満足な歩行も出来なくなってゆきます。それでも長年夫婦の間に常にいた犬をどうにかして散歩をさせたりしようとします。

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P20(小学館)

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P20(小学館)

そのような状況での散歩の間、通りすがりの人との反応が、夫婦以外の者からの客観的視点として、印象的です。また、歩けないタムタムを見て「可哀想だから抱いてやりなさい」と言う人に対して、「『可哀想じゃない、歩けなくなる方がよっぽど可哀想だ』そう言い返したかったと妻は私に愚痴をこぼす」というものだったり、散歩の際足をガードするためにつけた革袋を履いたタムタムを見て笑う女子高生達など。しかし、時には赤ん坊が衰えたタムタムを撫でたいと言って、撫ではじめます。

 

しかし、その後も衰えは続き、とうとう今まではなかった排泄物を家でもらすようなことにもなってしまいます。そして散歩も近所の空き地を持ち上げるように移動するだけ。それは夫婦にとっても重労働です。その時のひとコマ。

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P25(小学館)

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P25(小学館)

この時の、飼い主の顔とタムタムの顔がとても印象的です。
しかし同時に、「このままでいいのか、このままでタムは嬉しいのだろうか」とも思うようになります。そしてその後からタムタムは殆ど寝たきりの状態になってゆき、夫婦も世話で負担がかかるようになります。

そしてまた散歩の際、今度は老人に話しかけられるのですが、そんな状態になっているタムタムを見て老婆から言葉は「早く死んであげなきゃだけじゃないかね」というもの。その老婆は「あたしゃね、迷惑かけたくないんだよ」「このこだってそう思ってる」、「でもね、死ねないんだよ……」と、タムタムと同じ立場のように話しかけます。これを複雑な気持ちで聞く妻の顔が印象的です。

そしてとうとう、発作が起こり、点滴だけで生きる状態となってしまいます。そしてその後は……。

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P25(小学館)

谷口ジロー『犬を飼うと12の短編』P25(小学館)

 

一口で言ってしまえば、「犬が死ぬ」という物語ですが、そこには家族同然に暮らしてきた人間の、非常に数多くの心情が籠められています。それはこの作品での『生きる』という事、死ぬという事 人の死も犬の死も同じだった』という言葉に表われているでしょう。故に犬を飼ったことのある人だけではなく、犬を飼ったことのない人にも同じように強く訴えかけるものがあると思います。

 

そのほかの短編もとてもよい

ちなみに、この単行本で初めて知ったのですが、その後夫婦がこのタムタムの死をどう乗り越えていったのかというのが、同時収録の続編である『そして…猫を飼う』『庭のながめ』で描かれています。
そして『犬を飼う』シリーズ以外でも、犬や自然をテーマとした名作が揃っています。マタギと子を身ごもった狩猟犬が、息子の敵である熊と相対する『山へ』、金脈探しの主人公が,冬山で出会った老人の話『凍土の旅人』、都会から海辺の田舎に来た少年と年上の少女の物語を描いた『貝寄風島』、ゴールドラッシュのアメリカに乗り込んだ日本人の物語『秘剣残月』、太平洋戦争以前から続く犬の物語『犬の系譜』等々。これら含め全てが読みごたえのあるものなので、おすすめの一冊です。

ただ、『犬を飼う』をはじめとして、なかなか文字では伝えらにくいほど、多くの描写や心情が絵に籠められているのですよね。この絵による表現力が、谷口ジロー氏の真骨頂だと思います。なので上で書いた私の稚拙な文でぱっとしなくても、一度実際に読まれることをおすすめします。

ちなみに全集として、ほか2冊も出ているようなので、こちらもこれから読みたいと思います。

犬を飼うと12の短編 (ビッグコミックススペシャル) ブランカ (ビッグコミックススペシャル) 神の犬 (ビッグコミックススペシャル)

☆追記(2017/2/16)
全集のとは違いますが、『犬を飼う』の電子書籍版が出ていました(文庫版の電子書籍化)。

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