このようなエントリーがありました。
■成年マンガと一般マンガの違いってどこだろう・・・ – FANTA-G – 楽天ブログ(Blog)
たしかに最近、成年コミックマークがついていないものでもエロがすごいと言われているものがわりとあります。しかしご存じの方も多いでしょうが、そもそもコミックのシェアが多い大手出版社の多くは、いかなるマンガでもこの成年コミックマークをつけていないのです。例外的についているのが、講談社のごく一部のマンガくらいでしょうか(これの理由は後述)。
さて、何でこうなっているのかというと、このコミックの「成年マーク」、というのはゲームや映画、DVDにつけられている似たようなマークとは大きく違うからです。それはゲームやDVD、映画が業界などで設立された倫理団体(ソフ倫、メディ倫、映倫など)が審査し、発行しているマークとは違い、このマークはそれぞれの出版社の自主規制、自主判断でつけられているということ。
成年コミックマークがついた歴史的経緯
これはこの成年コミックマークが登場した歴史に関係しています。
1990年くらいまでのマンガには、成年マークはありませんでした(まあ当時は私も18歳未満だったためよくは覚えてないのですが、おそらくなかったと思います)。ただ、その時代はどうやって見分けていたのかというと、A5版の本で、表紙がそれらしいものとか、フランス書院文庫とかそれらしき特徴のあるものが「成年マンガ」と意識されている感じだったと思います。ただ、この当時はこういったマンガ以外でも性描写が多いものは出ていました。特にヤング誌は全盛でしたね(ただ、今の基準からするとそんな差はない様にも感じますが)。
しかし、1990年を過ぎたあたりから「有害コミック運動」というものが起こります。これにより、各自治体でコミックの有害図書指定の動きが起こり、それに出版社までも強烈な攻撃を受け、自主規制を求められるようになります。実はこの「有害コミック運動」においては、今考えてみて語るべきことはたくさんあるのですが、非常に長くなるのでまた機会を改めて。
で、この有害コミック運動の際に発生したのが「成年コミックマーク」になります。これが自主規制としてつけられるのですが、それはエロが主力の中小出版社で、大手出版社はその有害指定を受けたもの自体を廃刊にしてしまいました。例として『ANGEL』『シンデレラエクスプレス』等があります。ただ、例外的に講談社のみ、指定を受けたマンガに成年マークをつけて出す、という手段をとりました。よってとあるマンガの途中の巻にだけマークがついているというおかしな現象も起こりました。ただ、それでも名作『さくらの唄』などを刊行し続けられたわけですから、英断だったと思います(ちなみに古本屋で講談社ヤンマガ系の棚を探すと、その時の名残が若干残っていたりします)。
ちなみにこの時の指定が、性的目的でもないのにただ裸が出てくるだけで規制されたものがあるなどあまりにも酷すぎたのが、この手の問題にしこりを残す形となったと考えます。
■参考:有害コミック規制の波に巻き込まれた『百八の恋』と『ラブリン・モンロー』 – 空気を読まない中杜カズサ
そういったわけで、大手出版社(というかエロ専門ではないところ)では成年向けのマンガは「ない」というまま、今まで来てしまった面があると思うのですよね。ただ、最初の通り、どう見ても過激じゃないか、と思われるものは一般の出版社からも出ています。そして、おそらくあの時代を経験した人は、また1990年代の様な波が来るのではないかと思っている人もいるのではないでしょうか。
マンガ表現とその自主規制について
私は、表現を規制するというのは反対です。ましてやあの時代の様なことになるのは。ただ、子どもが目にする状況にあるとまずい、という言い分は納得は出来ます(まあマンガじゃなくても他に手に入れる手段がいっぱいあるという話もありますが)。しかし現在は、同じようなエロさのものが子どもでも入手出来る様な状況になっているのは否めません。
だから、大手出版社も「成年コミックマーク」とまではいかなくても、それに次ぐ第二のマーク、行って見れば「R指定マーク」を一般のマンガと差別化して子どもが読まない目安くらいは作るのはありか、とも思えてくるわけです。
ただ、これも難しいのですよね。何しろ表現なんてものは人によって感じ方が違うので、その基準が曖昧なので。それこそ吉良吉影みたいにモナリザに欲情する人もいるかもしれないですし)。
ただ、成年コミックマークがついているものと同じくらいのものにはそれくらいの対処はしてもいいのではないかとも思えます。逆にそういったものをつけることで、大手出版社からもエロの濃い作品が出ればそれはそれでおもしろいと思いますし(実際、成年コミックマークをつけたことでゾーニングが出来て、エロが強くなったという話もある)。
最初に語った様に特定の倫理団体に委ねずに自主判断で出すというのは、ある意味「出版」というメディアが長年必死に護ってきた牙城でもあると思うのですよ。あの1990年代の「有害コミック運動」の時も、それを護りきったわけですし、これからも護ってほしいなと思うわけです。
でも、本来はメディアによる有害無害の影響なんていうのは、どんなものを見てもちゃんとした教育がなされていれば問題が起きることはないと思うのですけどね、と、いろいろなマンガを見て育ったけど、別にバイオレンスに影響を受けて暴行犯になったり、エロマンガに影響を受けて性犯罪者にもなっていない自分は思ったりするわけで。