角川書店お家騒動とそこで創刊された『電撃コミックGAO!』

KADOKAWAグループといえば、いまや出版界、とりわけアミューズメント方面では一大勢力となっております。ここ10数年、ざっと思いつくだけでメディアワークスをはじめとして、アスキー、エンターブレイン、メディアファクトリーといった出版社を系列に入れ、大きくなってきました。

しかしこのうちメディアワークスはもともととある出来事が起こり、それによって角川書店から分裂したことで興ったというのをご存じの方はどのくらいおられるでしょうか。これは1990年代前半に起こったもので、社内の対立から角川書店におけるメディア系出版の社員が大量に退社、そしてメディアワークスを立ち上げるという、通称『角川書店お家騒動』が起こります。

実はその時も私は角川系のマンガ誌やゲーム誌を読んでいたのですが、当時相当な混乱があったのを覚えています。

そして最近、自宅の奥からそれらの混迷を示すような当時の漫画雑誌が出てきたので、歴史の記録的にそのあたりのことを書いてみようと思います。

角川お家騒動

では角川お家騒動について軽く。

1990年代前半角川書店の社長はそれまで角川映画などで有名な存在となっていた角川春樹氏でしたが、アニメやゲーム、パソコンといった新興メディアや若者向けの雑誌方面では実弟の副社長、角川歴彦氏が先導をしておりました。それらの新興メディアを担当していた角川の子会社が歴彦氏が社長をつとめていた角川メディアオフィス。

しかし1992年、その二人の対立から歴彦氏が角川書店副社長を辞任、そして同時に角川メディアオフィスの社員もいきなり大量に退職、そしてメディアワークスを立ちあげるという事態が発生します。

その後、角川書店で出ていたゲーム系雑誌やマンガ誌が編集部や執筆者の多くを引き継ぐ形で新創刊されます。それが『電撃』を頭に冠する雑誌群。主なところではPC系雑誌『電撃王』、ゲーム系雑誌『電撃PCエンジン』『電撃スーパーファミコン』、そしてマンガ雑誌『電撃コミックGAO!』。

電撃コミックGAO! 創刊号 電撃王広告 

電撃コミックGAO! 創刊号 電撃王広告

これらのゲーム雑誌の歴史についてもエントリーが書けます、というかまあ書いてました。

コンシューマゲーム雑誌の過去回想(1990年代前半・スーファミ、メガドラ、PCエンジン時代) | ゲームミュージックなブログ GMDISC.com

このブログはマンガブログなので今日は『電撃コミックGAO!』について。

『電撃コミックGAO!』創刊号

もともとは角川書店にあった『コミックコンプ』という雑誌。大本は数々の変遷を重ねながらも現在も存在する雑誌『コンプティーク』(当時はもっぱらPCゲーム情報中心)のコミック別冊でしたが、それが独立創刊されました。

当時『コミックコンプ』はライトなSF、ファンタジー系の色が強いマンガ雑誌で、『サイレントメビウス』(麻宮騎亜)を筆頭に『魍魎戦記MADARA』シリーズ(大塚英志、田島昭宇)、『宇宙英雄物語』(伊東岳彦)などを抱えてコア層に一定の人気を獲得していました。

ちなみにこの時代、1990年付近がどのくらいのものかといえば、まだ『スレイヤーズ』がアニメ化される前で文庫で人気が出てきたかなという時期であり、「ライトノベル」という単語が浸透していなかったような時代です。

しかし前述のように1992年末に角川書店お家騒動が発生し、編集部員がメディアワークスに移籍し、同ジャンルの雑誌『電撃コミックGAO!』を立ち上げます。

電撃コミックGAO! 創刊号

さて、このような出版社お家騒動はたまに起こり、その時雑誌の連載作家は多くの場合直接面識のある編集者について行く形になるのですが、この場合もそうで、主要連載の多くが『コミックコンプ』から『電撃コミックGAO!』に移籍してしまいます。

具体的には『銀河戦国群雄伝ライ』、『サイレントメビウス』の外伝的存在な『メビウスクライン』、『ローンナイト』、『東京ミカエル』、『イース』といったものが移籍。また当時はラノベの初期であることは説明しましたが、その頃角川スニーカー文庫で人気だった『フォーチュンクエスト』がコミック連載開始。また富士見書房で人気だったあかほりさとる氏の原作である『爆れつハンター』も連載を開始しています。

下は同誌の目次。

電撃コミックGAO! 創刊号 目次

残された『コミックコンプ』の混乱

さてそうなると気になるのは残されたコミックコンプの方ですが、その退社騒動があった号、そしてその次の号をとってあったので、それの目次を。

まず『コミックコンプ』1993年1月号とその目次。

『コミックコンプ』1993年1月号 『コミックコンプ』1993年1月号目次

さらに『コミックコンプ』1993年2月号とその目次。

『コミックコンプ』1993年2月号 『コミックコンプ』1993年2月号目次

ほとんど入れ替わっています(その前の12月号があれば比較しやすかったのですが、それはなかった)。一部連載の継続がありますが、それも次号ではGAO!に移っています。

ちなみにGAO!創刊号にある『東京ミカエル』がコンプ1月号にも名前があるのは何故? ということになりそうですが、この号のそれはマンガではなくラフ集的なもので、同時に休載告知も載っていました(ただこれ、それまでの経緯の「噂」から判断すると作者本人が告知したかってのは謎ですが)。

そしておそらく穴を埋めるために新人やコミックコンプに縁がなかった人の作品が掲載されていますが、かなりドタバタした感じが読んでても伝わってきます。

さらに顕著なのはその次の号で、残っていた連載陣も抜けてほとんど入れ替わってしまいました。それも相当のページ数の読み切りや、目次にない作品まであり、穴埋めに相当苦労した跡が見受けられます。

ただ、今から見ると広江礼威氏など、その後活躍するマンガ家の作品も掲載されているところは注目。

ちなみに2月号には前号から続く混乱についての編集部からのお知らせのページがあります。

『コミックコンプ』1993年2月号 P312

この1ページからだけでも、かなり混乱していたことが窺えます。

その後の『コミックコンプ』と『電撃コミックGAO!』

その後は『電撃コミックGAO!』は当時のそちら方面の人気作を連載してゆき、深夜アニメの先駆けともなるものの原作『エルフを狩るモノたち』などを連載。メディアミックスも深くなってゆきます。そして『コミックコンプ』もなんとか混迷から立て直して発行を続けます。

ただ、1993年8月に角川書店の角川春樹社長が麻薬取締法違反などで逮捕の後退任。そして角川歴彦氏が戻る形で角川書店社長に就任。それによりお家騒動が終結します。そうするとGAO!のみならず電撃の各誌ともとの雑誌との競合が起きることになりました。

その影響で、『コミックコンプ』も1994年10月号をもって休刊。ただし一部作品は『電撃コミックGAO!』に、そしてまた一部は角川書店から数ヶ月後創刊された『月刊少年エース』に移籍することになります。

そして『電撃コミックGAO!』も幾度かのリニューアルを繰り返した後、同じくメディアワークスの『電撃大王』に吸収される形で2008年4月号で休刊となりました。

ついに休刊、「月刊電撃コミックガオ!」THEファイナル、怒濤の最終回ラッシュを楽しむ – GIGAZINE

ここにおいて、すでに休刊となっていたゲーム雑誌メディアワークス創設以来の雑誌が全て休刊となりました。

そんなメディアワークスも2008年4月にアスキーと合併してアスキー・メディアワークスとなりました。ちなみに最初に語ったように角川系列はこの手の同ジャンル出版社との合併が多いのですが、その度に雑誌の競合が起きて、どっちがなくなるかという感じになっていますね(ゲームでは電撃系とファミ通系、エロゲではEログインと電撃姫、さらに電撃姫とテックジャイアン、ラノベのレーベルではもう数え切れないほどのものが同社グループ)。その先駆けだったとも言えるかもしれません。

まとめ

というわけで、突然出てきた資料からマンガ雑誌の歴史のヒトコマについて書いてみました。特に2000年以前ってインターネットが普及前でこの手の情報がネットに残っていないので、記憶しているうちに残しておくという目的も含めて。

さて出版社のお家騒動と言えばほかにもあるのですが、現在手元に資料もないので、それは機会があったら書きます。まあ一応その断片として以下のを。

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